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教育勅語と修身の教科書について [教育勅語 修身]

よくテレビ等で見かける場面だが、海外のスポーツ選手を見てると

家族を、国を愛する、敬う言動が多い。

日本の選手は、圧倒的に同様のコメントが少ない。

そして国内のニュースを見ていても、家族において希薄な脆い人間関係や、度を過ぎた個人主義、

すなわち権利ばかり主張して義務を果たしていない人が増えた。自己中心的な事件が多い。

その理由・原因を探していたところ、田母神先生の日記に、その答え・解決法ともいうべき記載がありましたので下記に紹介致します。

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戦前の日本人の自立心や道徳観の高さを支えていたのは、教育勅語と修身の教科書である。明治維新以降、鹿鳴館時代に代表される西洋かぶれの時代があった。このとき「これでは日本的な道徳規範が壊れてしまう」と考えた、わが国の将来を考える偉い人たちや学者の先生方がいた。それらの人たちが集まって作ったのが教育勅語である。1890年(明治23年)に発布された。教育勅語というと、その言葉を聴いただけで拒否反応を示す人たちがいると思う。しかし、教育勅語に書いてあることは、今現在でも世界中に当てはまる極普通のことだけである。

親孝行をしましょう、兄弟仲よくしましょう、夫婦仲良くしましょう、人格を磨きましょう、国家に緊急事態が起きたときは、みんなで力を合わせて公のために頑張りましょう、とかいうものである。

実は、日本が日露戦争に勝った翌々年の1907年に、イギリスからの要請により、菊池大麓男爵がロンドンに派遣され、2月から9月までの間に25回に亘って教育勅語の連続講義を実施している。これがイギリスで大絶賛であった。

モノづくりの物質文明は、西洋から東洋に流れているが、精神文明は東洋の日本から西洋に流れているのではないかと言われたのである。そして、翌1908年の9月に再びロンドンで、第一回世界道徳教育会議が開催された。

このとき日本の教育勅語は、各国の要請があり、今度は英語だけではなく仏語、独語、中国語など多くの外国語に翻訳されて世界中に広められることになった。各国は、これを持ち帰ってそれぞれの国の道徳教育の規範にしたというのである。

教育家の小池松次先生によれば、あれから100年間世界中において、この状態が続いているという。本家本元のわが国においてだけ、戦争に負けた占領期間中に教育勅語は廃止されてしまった。

アメリカには、The Book of Virtueという本があるそうだ。アメリカの道徳教育の規範として使われている。内容は、一番最後の宗教という部分は新たに付け加えられているが、その他は教育勅語とまったく同じ内容である。

だから私は、教育勅語に違和感を感ずる日本人には、「アメリカで道徳教育に使われているあのThe Book of Virtueという本がある。あれを日本語に翻訳して使おう」と言ったらいいのではないかと思う。

修身の教科書は、教育勅語を具体例を挙げて解説しているものである。日露戦争が始まる1904年に始めて設定された。これら二つが戦前のわが国の道徳教育を支えていたのである。現在の教育を正常化するためにはこれら二つを復活すればよいのではないかと思う。
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